それは、何度も現れる
~分身の術を使うあいつらは、果たして他人なのか?~
苦手な相手との出会い
苦手な相手は自分の写し鏡である。
あるいは、
その相手の中にも自分と同じモノがある。
こういう話はよく聞く。
いろんなところで聞く。
実際そうだと思う。
そんな私が体験したのは、
クライアントの所属長が、めちゃくちゃ苦手タイプだった、ということ。
その中でも特に引っかかったのが、何かイレギュラーが起こった時に、ともかく怒っていたこと。
どうして何々をしなかった
どうしてこれに気づかなかった
どうして、どうして、どうして
と部下や周りに怒鳴りまくる。
正直、私は
「それより、解決策ぅ…」
と思っていた。
既視感の正体
けれどその人を見て腹を立てているうちに、どこかこの腹立たしさに、懐かしさというか、既視感を感じていることに気づいた。
そしてその既視感はどこから来るのだろうと思ったら、なんのことはない。
自分が自分に対して感じている怒り。
言ってしまえば、
認めたくない部分
自分の嫌いな部分
それが、その人に表れていたのだった。
怒りの奥にあったもの
その人の普段の様子を見ていく内に気づいた。
その人は怖いのだ。
イレギュラーなことが起こり、自分のコントロールから離れて物事が進むのが怖いのだ。
その人がすべてを自分の手で動かしたいというのも、結局は恐れから来ている。
コントロール出来ないものが自分の周りにあることが怖い。
だからそれを制御しようと、恐れを隠すために不安を隠すために怒る。
そしてそれは、私にも当てはまる。
鏡だった
人の怒りの奥には怒りではない別の感情が隠れているというのは、よくある話だ。
この人の怒りの奥にあるのは、不安、恐れ。
この人は私の写し鏡なのだ。
この人の嫌な部分は、私が自分の中で嫌っている部分。
ある意味、解消する、解消すべきものを、その人は携えて私の前に現れた。
鏡は一度では終わらない
自分の嫌な部分を連れて現れてくる人。
そういう人は人生の中で何度も何度も軌道を変え、場所を変え、繰り返し現れる。
けれど私は、それでいいと思う。
一度、鏡の法則の話をを聞いて、
「そうだそうだ」
と納得して目覚めてしまえるのなら、
今頃、人類総ブッダである。
でも実際は、人間はみんなブッダではない。
目覚めていない。
だから、何度も何度も問題は現れて、何度も何度も解消するヒントが現れて、そして何度も何度もみんなそれを経験していく。
そうやって人間は進んでいくのだと思っている。
報酬や理由
では、一体どうすればいいのだろうか。
(※あくまでも、私の感覚です)
よく聞く話としては、相手に感謝をする。
相手の嫌な部分を、自分の嫌な部分と認めて内観する。
そういうものがある。
もちろん、私はそれもやってきた。
何度も何回も。
そうして感じたことは、
「その前段階をきちんとやってなかったら同じ」
ということだった。
相手に対して、自分の嫌な部分を見せてくれている存在なのだとして感謝する。
「嫌な部分を見せてくれて、気づかせてくれてありがとう。」
どこから目線の感謝なのか。
相手の嫌な部分を自分の部分だと思って内観する。
内観という言葉に逃げてないか?
ナニカのための前に
感謝する前に、内観する前に、まずその相手の嫌なところ、つまり自分の嫌なところを徹底的に見る。
感謝するためでもなく、内観するためでもなく、何かをするためでもなく、納得するためでもなく、理由を持たず。
ただひたすら相手の中にある自分を見つめる。
その嫌な部分を、そのまま丸ごと見る。
目を逸らさずに見る。
見続ける。
言い訳も、意味付けもせずに。
半ば諦めの境地に達するまで見る。
そこからが、スタートのような気が、今はしている。
……と、自戒を込めて。
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八言さんm、こんにちは。
「苦手な相手は写し鏡」という言葉が印象に残りました。
私も隣の駐車場の方と、不思議なくらい同じタイミングになることがあります。出ようとすると帰ってきたり、車から降りようとすると相手も出てきたり。
その方の車の止め方が気になっていたのですが、以前、妻に「その人から何かを学ぶために出会っているのかもしれないね」と言われたことを思い出しました。
相手を変えようとする前に、自分の中の何が反応しているのかを見ること。
その視点を改めて考えてみます。
ホント、その通り❗️
で、デブ猫ちゃんだけのLINEスタンプ作って欲しいぃぃい😊